故郷 古座川町は今・・

40年ぶりに訪れた古座川町(和歌山県東牟婁郡古座川町)の姿を紹介します。

 私と古座川との関わりは,父の佐田発電所建設工事に始まる。父の仕事が発電所建設に関係していたため,一家が和歌山市内から三尾川の地に越してきたのは私が小学校2年(昭和28年)の春だった。半年近く追野々の借家に居住し,その後に真砂の職員用住宅に越したのは12月だった。
 真砂分校,三尾川小学校,三尾川中学校,古座高等学校でお世話になり,昭和42年に父が有田川の発電所に転勤するまでの14年間,古座川の豊かな自然の中で育まれた。
 あれから40年,還暦を迎えた今,我が人生を振り返ってみると,古座川の自然環境が私の人間形成に於いて大きなポイントとなったものと自覚している。平成18年春,千葉県庁退職を機に,故郷古座川を訪れることとした。そのきっかけは,平成15年,建築用鉄骨加工業界の専門誌である「鋼構造ジャーナル」担当記者さんとの雑談に始まる。古座川で経験した鮎やウナギの獲り方を話していたところ,同誌のエッセイ「暖流」の欄に書いてくださいとの依頼を受けた。そこで,一人3回のリレーエッセイのうち2回を古座川の話に当てた。(エッセイはこちらをクリック)
 古座川と言えば,「清流」である。私が三尾川に転居したころの川はビックリする程の清流であった。小学2年生の時,三尾川で箱メガネから覗いた川の中を泳ぐ魚の様子は五十余年経った今も鮮明に脳裏に焼き付いている。今でも深い古座川への望郷の念はこの瞬間に身体に刻み込まれたと言っても過言ではない。
 このコーナーに転載させて頂いた「暖流」の文章にあるように,古座川ダム完成当初は青々とした湖であったが,その後は次第に濁るようになった。今回の旅は二つの目的がある。その一つは「古座川に清流は戻ったか」をこの目で確かめることであり,もう一つは「青春の想い出,中学校は今・・・」である。
 旅は車を使用するとは言え,かなりの強行日程を組んでしまった。初日は伊勢志摩,二日目は熊野三山巡りで紀伊勝浦泊。三日目に古座川を訪れてその日のうちに千葉に帰宅するコースで,古座川流域に留まっていたのは,僅か4時間程度であった。この間,乱写した写真は250枚に及ぶが,この中から私にとって思い出深いものを選んでみた。何でもないようなつまらない写真もあるが,私にとっては語り尽くせない程の思い出の場所もあるので,あえて掲載させて頂いた。
 是非とも最後の一枚までご高覧頂き,古座川の自然のすばらしさを理解して頂くと共に,清流を取り戻す妙案をご教授頂ければ幸いである。
→本編(こちらをクリック)


           

(2007年2月6日付け)